陶化橋

陶化橋

[1] 陶化橋

Webページ

[2] 京都市:鴨川陶化橋上流域環境整備事業, , http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000001649.html

鴨川陶化橋上流域の河川敷には,多数の不法占有物件がありましたが,このような状態に至った社会的背景,歴史的経過を踏まえ,平成4年4月に国・府・市の三者による「鴨川陶化橋等上流域環境整備対策本部」を設置し,河川居住者を対象とした公営住宅の建設,河川改修,河川敷整備等を行う方針で,事業着手しました。   公営住宅については,平成8年に第1棟,平成11年に第2棟,平成16年に第3棟が竣工し,不法占有物件の除却も平成19年1月に,すべて完了しました。また,親水公園・避難路・遊歩道等の整備や河川改修工事等の残事業も完了したため,平成20年3月に,「鴨川陶化橋等上流域環境整備対策本部」を解散し,事業を終了しました。

[3] 鴨川 (淀川水系) - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%A8%E5%B7%9D_%28%E6%B7%80%E5%B7%9D%E6%B0%B4%E7%B3%BB%29

地理 [ 編集 ]

河川法 における鴨川の起点は、京都市 北区 雲ケ畑 の出合橋付近である。

北区雲ケ畑の桟敷ヶ岳東部の谷を源とする 祖父谷川 と、桟敷ヶ岳南部の薬師峠を源とする 雲ケ畑岩屋川 が雲ケ畑岩屋橋で合流し 雲ケ畑川 となる。雲ケ畑川は、雲ケ畑の魚谷山南部の谷を源とする 中津川 と出合橋で合流し、これより「鴨川」となる。鴨川起点の表記は中津川下流域にあるため、これに従うと源流は中津川であると考えられるが、これはあくまでも河川法上での扱いであり、伝統的には桟敷ヶ岳を源流と見なす人も多い。

また、この鴨川本流とは別に、京都市 右京区 の 芹生峠 を源とする 貴船川 と、京都市 左京区 の 花脊峠 を源とする 鞍馬川 がある。両者は貴船口で合流し鞍馬川となり、山幸橋で鴨川と合流し大きな流れとなる。 貴船神社 社伝においては、 神武天皇 の母である玉依姫命が、 淀川 、鴨川の源流を遡上した際にたどりついたのが 貴船 の地とされるため、 日本神話 的には貴船川を鴨川の源流と見なすこともある。

鴨川は鞍馬川と合流後、北区上賀茂で京都盆地に出る。上賀茂神社( 賀茂別雷神社 )、下鴨神社( 賀茂御祖神社 )脇を南南東に流れ、賀茂大橋(加茂大橋)手前で 高野川 と合流する。そこから京都市内を真南に流れ、 四条大橋 付近から南西へ流に振り、 五条大橋 から再度南下、九条高架橋を越えた後に南西へと流れを変え 伏見区 下鳥羽で西高瀬川と合流、そのまま 桂川 に注ぐ。また、 中京区 で西に 高瀬川 を分け、以南で並行して九条付近で再度合流する。

表記 [ 編集 ]

1964年 ( 昭和 39年)公布、翌年施行の河川法により、起点よりすべて鴨川の表記に統一されているが、通例として、 高野川 との合流点より上流は 賀茂川 または 加茂川 と表記される。「 日本紀略 」では「鴨川」「賀茂川」どちらの表記も混在しているが、 平安時代 には流域により表記を区別していたわけではない。

平安京の東部を流れることから、古くは 東河 とも呼ばれた。

自然 [ 編集 ]

オオサンショウウオ

鴨川上流の雲ケ畑には、特別 天然記念物 のオオサンショウウオが棲む。大雨の後などに京都市街まで流されてくることがある。なお、人為的に持ち込まれた チュウゴクオオサンショウウオ との交雑が問題となっている [1] [

履歴

[5] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/24795567396461541

メモ